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学校の近くの古本屋に本を売りにきたヒロイン(『走れ自転車』より)

ここまで紹介してきた『映画のなかの古本屋』は、欧米の渋い老舗古書店が中心でしたが、ご承知のとおり古本屋といっても佇まいはさまざまです。もちろん老舗の重厚なお店も良いですが、そればかりというのもつまりません。今回は、ちょっと違うタイプの古本屋が出てくる映画をとりあげます。ご紹介するのは、2008年公開の韓国映画『走れ自転車』(※1)です。さほど昔の作品ではありませんが、ご覧になったかたは多くないでしょう。そもそも日本では未公開だし、韓国でも封切り時のロードショー館はわずか12スクリーンだったとか。しかも総観客動員数は3,000人程度だったそうで……ほとんど見た人がいない(笑)。実はこれ、韓国のインディーズ作品(※2)なのです。

 

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主演のハン・ヒョジュ嬢(韓孝周/한효주)はこれが映画u出演3作目。のちに『トンイ』というTVドラマに主演し有名になったそうです(未見)

とりあえず、知られてない作品なので少し内容を紹介します。主人公は女子大生のハジョン(ハン・ヒョンジュ)。物語は、大学へ初登校するハジョンが寡黙な青年スウク(イ・ヨンフン)と出会うところから始まります。なぜか気になるその青年に、ハジョンは大学のそばの古本屋で再会します。スウクは古書店で働く勤労青年でした……というわけで。これは内気なハジョンとぶっきら棒なスウクのもどかしい恋の行方を描いた青春映画。『走れ自転車』なんて、なんだかひと昔前の青春歌謡映画みたいなタイトル(※3)ですが、じつは爽やかな口あたりのわりに重たい物語です。2人はそれぞれ人に言えない重い過去を背負っていて、その絶望と鬱屈が作品全体に底流となって流れています。

 

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お店の外観はこんな感じ。漢字ならまだしもハングルだと店名もよくわかりません。飾り付けを見ると、海外雑誌とか美術系を売る店なのかなあ。ソウルへ出張した時もハングルには本当に往生しました。中国本土はもちろん、台湾や香港でも「漢字」を頼りになんとか駅名や店名を見つけられるんですが、ハングルはまったく手がかりがなく手も足も出ません。まあ、勉強しろという話なのですが

この映画『走れ自転車』に、「古本屋」は主人公スウクの職場として登場します。前述の通り、大学側の街道沿いにある薄汚れたバラック風の建物の小さな店で、いかにも整理が悪そうな店内には、紐で括ったままの本の束が無造作に転がっています。きっと表紙が日焼けして砂埃でざらざらした雑本だらけなんだろうなあ――という感じで、本に対する敬意や愛情が感じられません。この荒廃した店の雰囲気には鬱屈したスウクの気持ちが投影されているのでしょうが、正直、古本屋としてはあまり魅力的とは言いにくい感じです(※4)。ともあれヒロインは不要な本を処分しようと訪れ、そこで店番をしていたスウクに再会するわけですが、この時のスウクの態度が、また輪をかけてひどい(笑)

 

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行き場のない2人は、世界地図にダーツを投げて「外の世界」へ思いを馳せますが

不要な本を処分しようと持ち込んだハジョンに、スウクは「小銭がないから買取りできない。本を買ってほしきゃこの札を両替してこい」と命じるんですね……。そりゃまあ店主がおっかない店は日本にもありますが、訪れた客を両替に行かせる古本屋なんて、さすがに聞いたことがありません。おまけにヒロインが両替してくると、ろくすぽ本も見ずに買い叩き(※5)「嫌なら持って帰れ」と吐き捨てる。ヒロインがしぶしぶ納得すると、今度はわざわざ両替させてきた小銭ではなく、別の千ウォン札で支払う。――という具合で、なんとも念の入った嫌がらせフルコース。なんでまたハジョンはこんなイヤな男に惚れるのか? と頭の中が疑問符でいっぱいです。

 

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ダーツは無情にも……

もちろん、このひどい客あしらいには理由があって。スウクの重い過去が彼をひどい人嫌いにさせているからなんですが、そうはいってもね。「いったい君は仕事をなんと心得とるのかね?」とヒロインの父親になって説教したくなります。ともあれ映画は、いろいろとっ散らかって何の決着も付けぬまますべてを観客に委ねて終ります。有り体にいって困った作品なんですが、1つだけとても良いシーンがあります。「ここではない何処か」へ行かないかぎりいっしょになれない2人が、深夜その古本屋の壁に世界地図を貼ってダーツをするんですね。で、矢羽根が刺さった外国の町について愉しそうに話すんですよ。――でも、最後に投げたダーツは韓国に刺さってしまう、という。

 

 

※1 『走れ自転車』(『달려라 자전거』2008年韓国映画 監督:イム・ソンウン 出演:ハン・ヒョジュ、イ・ヨンフンほか

※2 わたしはレンタルDVDで観ました。韓国のインディーズ作品が自宅で見られちゃうのですからスゴイ時代です。

※3 なぜまたこのタイトルなのかというと、「自転車」というアイテムが物語の1つのキーになっているから。最初の出会いのとき、スウクは自転車に乗っていて、道に迷ったヒロインたちに爽やかに道を教えて立ち去るんです。で、自転車に乗れなかったヒロインは一所懸命練習して、彼と一緒にサイクリングしようとするわけ。私は自転車に乗れないヒロインがすごく不思議に感じたんですが、韓国では珍しくないのかしらん。

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在りし日の『BOOK OFF』ソウル駅前店。韓国語本と日本語本が半々くらいでした。ここの他に新村にもお店がありましたが、現在は2店とも撤退しています。ちなみに、現在のBOOK OFFの海外店は米国に9店、パリに3店

※4 もちろん韓国にも魅力的な古本屋はあるだろうと思います。わたし自身は仕事で一度ソウルに行ったことがあるだけで、その時は『BOOK OFF』ソウル駅前店にしか行けませんでした。

※5 1冊100ウォンの値付けでしたから約10円というところ。まあ、ハジョン嬢が持ち込んだのは、旅行ガイドや問題集などの雑本ばかりだったように見えましたし、そんなもんだろうという気もします。

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1999年のロマン・ポランスキー監督『ナインスゲート』(※1)で、稀覯書専門古書店を訪れた古書ハンターのジョニー・デップ

ひさしぶりに『映画のなかの古本屋』(上)(下)の続きです。なにしろ1年半ちかく放ったらかしていたテキストなので、いろいろ忘れたりとっ散らかったりしています。きれいに(下)だけでまとめられそうもないので、いっそ際限なくだらだらと続けられるようにしよう――と、「上、中、下」ではなく「1、2、3……」と続くシリーズモノに変更しました。ついでに既刊分のタイトルも(上)は(1)に、(中)は(2)にそれぞれ変更済みですが、本文テキストは触っていません。

 

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『ボーン・コレクター』より 古本屋の1階は明るくて広々。なお、このシーンにはフィリップ・ノイス監督がカメオ出演しています。スリラー映画の監督ってなんで顔を出したがるのか。やはりヒチコックの影響でしょうか

というわけで、気持も新たに「3」ですが。そもそも古本屋というロケーションは、あまり映画の舞台に向いているとは思えないんですよ。うす暗く、くすんだ古色の本が並ぶばかりで色彩感に乏しく、ひと気もあまりない(※2)。たまに居たと思えばおっさんか爺さん。観てて楽しくないこと夥しい。絵にならないんですよね。しかし、だからこそたとえばそこに若く美しい女性を配置すれば、それだけで否応なく目立つわけで。つまり、古本屋を舞台にするなら美女を配せ!なのですね。前回前々回ご紹介した『ヒューゴの不思議な発明』のクロエ・グレース=モレッツや『ノッティングヒルの恋人』のジュリア・ロバーツ。ミステリ系では『ボーン・コレクター』(※3)でアメリア役(※4)を演じたアンジェリーナ・ジョリーなんかどうでしょう。彼女もこの映画でニューヨークの古書店を捜査で訪れているのです。

 

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同じく『ボーン・コレクター』より 古本屋のヤバいほど暗くてカオスな2階。こう暗くては、本を漁るのがものすごく大変そう

映画『ボーン・コレクター』は、主人公リンカーン・ライムをデンゼル・ワシントン、相棒の巡査アメリアはアンジェリーナ・ジョリーという当代きってのスターコンビによる映画化でしたが、意外なことにシリーズ化されず、このコンビを見られるのは今のところこの1作だけです。連続殺人犯の残したメッセージをたどり古書店を訪れたアンジェリーナ・ジョリーは、『ボーン・コレクター』というパルプマガジン出版社の本を発見。犯行がこの猟奇犯罪読物通りに行われていることに気づく――というシチュエーション。このときアンジーが訪れたNYの古書店は2階建ての大きな店で、1階は新刊書店並に明るいのに犯罪小説がある2階はなぜか真っ暗。半ば倉庫みたいなカオス状態で、この2階だけ別の店のようでした。まあ日本の古書店でもこういう店が間々ありますね(※5)。

 

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座っている地味な方がヘプバーンです。『パリの恋人』(『Funny Face』)1957年米国映画 監督:スタンリー・ドーネン 出演者:オードリー・ヘプバーン、フレッド・アステア、ケイ・トンプスンほか

古本屋という辛気くさい(<各方面ごめんなさい)ロケーションに華やかな美女を配置すれば、それだけで女優さんの美女度がアップする。斯界で「掃きだめの鶴」効果と呼ばれる(※6)この特殊効果を実践した映画はたくさんあります。まず古い作品ですが、わたしのだいすきなオードリー・ヘプバーン主演のミュージカル映画『パリの恋人』もそう。小さな古本屋で働くインテリ娘ジョー(ヘプバーン)が、店で行われたファッション雑誌のスチル撮影をきっかけにスカウトされてパリへ――という素敵に愉しいミュージカルです。なかなか珍しいヘプバーンの唄声(※7)はともかく、アステアとのダンスの競演はさすがプリマドンナを目指していた人だけに見事なものでした。なお、ヘプバーンが働く古本屋は、移動式梯子がついた背の高い本棚がずらりと並立派なお店でした。

 

※1 『ナインスゲート』(『The Ninth Gate』)1999年仏・西・米映画 監督:ロマン・ポランスキー 出演:ジョニー・デップ、エマニュエル・セニエほか 一匹狼の古書ハンター・ジョニデの奇怪な探書行を描く古書オカルト映画。面白くなりそうな要素満載なんですが、うーむ。

※2 神保町はいつも人だらけですが、あそこは例外でしょう。満員御礼押すな押すなの古本屋なんて、神保町以外ではあまり見たことがありません。

※3『ボーン・コレクター』(『The Bone Collector』)1999年米国映画 監督:フィリップ・ノイス 出演:デンゼル・ワシントン、アンジェリーナ・ジョリーほか

※4 『ボーン・コレクター』でアンジーが演じたのはアメリア・ドナヒュー巡査。原作はアメリア・サックス巡査でしたが、セカンドネームだけ変えられています。ドナヒューよりサックスのほうが覚えやすいし響きもカッコいいと思うのですが、なぜなのかしらん。

※5 以前お邪魔した、『麻姑山書房』さん(宮古島)のレポをどうぞ。ただしこの古書店は、もうなくなってしまったようです。

※6 嘘です。

※7 この後、撮影されたミュージカル『マイ・フェア・レディ』では、ヘプバーンの歌声は吹替えられています。『パリの恋人』のオードリーの歌声も、そこまでひどくではないと思うんですが。

主人公を導く少女クロエは「本の虫」。本のことなら詳しい彼女ですが、“ある事情”から映画を観たことがありません。そこで孤児ヒューゴとともに不思議なオートマタの謎を解き、封印された“映画の夢”を取り戻す冒険に旅立ちます

古く大きな天井の高い建物。オレンジ色の灯火のもと、そこここにわだかまる闇。鼻を突く革と紙とかびの臭い。高い書棚の列がどこまでも途切れずに延び、それでも足りずに書棚をあふれでた本はそこらじゅうに高い塔をつくっています。黒々した稀覯本や絶版書に安っぽいペーパーバック、雑本の類いも一緒くたに詰め込んだ、それら膨大な本の山脈に埋もれるようにしている店主。かれは、その数万冊におよぶ稀覯書、絶版本からペーパーバックや雑本に至るまで、すべてどの棚に在るか知りつくしているのです。――とまあ、思わずおっさんもメルヘンチックにポエムしてしまうほどステキな古本屋が出てくるのが、マーティン・スコセッシ監督の『ヒューゴの不思議な発明』(※1)です。

やたら高い所にある番台から客を見おろすムッシュ・ラビス。最高裁の判事みたいですが、実は店内への監視カメラ設置を潔しとしないラビス氏が、不届き者を見張るべく高所に番台を設置した――のではないかと推定(笑)

全編に映像の魔法と映画への愛が充ちあふれ、儚くも美しく愛らしいこのファンタシイ映画で、モンパルナス駅に暮らす孤児ヒューゴは、駅のホームで出会った美少女に連れられてムッシュ・ラビスの古書店を訪れます。店が登場するシーンはけっして多くはありませんが、秘密めいてしかも奥行きを感じさせる店内セットの素晴らしさはもちろん、店へ主人公を導く美少女にクロエ・グレース=ヒットガール=モレッツを、魔法使いにも大学教授にも見えるムッシュ・ラビスにクリストファー・リーという配役も最高で、古本好きには忘れがたい印象を残します。とはいえこのムッシュ・ラビスの店、古本屋としては立派すぎ、やくざなミステリ読みには敷居が高い気がしないではありません。そもそもこの店、ミステリなんて置いてあるのかしらん。

クリストファー・リーといえば、最近は『ロード・オブ・ザ・リング』のサルマンや『スターウォーズ』のドゥークー伯爵ですが、ミステリファン的には、マイクロフト&シャーロックのホームズ兄弟双方を演じた史上唯一の俳優である点がポイントです

こんなふうに映画に出てくる古本屋のことをうだうだ考えるうち、ふとむかし読んだ本を思い出しました。その名も『映画の中の本屋と図書館』(正・続)(※2)飯島朋子著(※3)。これは図書館や図書館員が登場する映画――「図書館映画」と云うのだそうです――だけを紹介した異色の映画コラム集。たとえば「実在図書館が出る映画」や「アニメに出た図書館」といったテーマのもと、各3~4本の映画作品を紹介。1篇2~3頁と短いものなので内容はごくあっさりしていますが、何しろ数が多いのに驚きます。とにかく図書館や図書館員が出ていれば、それがわずか数秒でも図書館映画なんだそうで、正続2冊でおそらく200~300本ものそれが紹介されています。これだけ集まると壮観というか。図書館映画ってこんなにあったんですね。

もともとは、図書館振興をめざす公益法人「図書館振興財団」の機関誌『図書館の学校』に連載されたコラムをまとめた本らしい。業界向けに書かれてたものなんですね

面白いのは、この「図書館映画」というサブジャンルが、単なる好事家の趣味などでなく、真面目な研究対象とされている点です(※4)。もともと図書館員を中心とする研究グループがあり、メーリングリスト等を利用してそうした映画をリストアップしていたそうで、この『映画の中の本屋と図書館』という本もその研究成果に基づいている部分があるとのこと。なぜ図書館員がそのようなことを研究するのか不思議な気もしますが、同書によれば“メディアの中の図書館イメージを分析し、「図書館はどう見られてきたか」を検討するための材料として、『映画の中の本屋と図書館』を作った”ということらしい。――なるほど。ならば「古書店映画」という研究ジャンルがあってもいいですよね。そこで次回はもう少しディープな「古書店映画」を探索していきます。

面※1 『ヒューゴの不思議な発明』(『Hugo』2011年米国映画)監督:マーティン・スコセッシ 脚本:ジョン・ローガン 出演:ベン・キングズレー、エイサ・バターフィールド、クロエ・グレース・モレッツほか

※2 『映画の中の本屋と図書館』(正編:2004年10月初版 後編:2006年4月初版) 飯島朋子 著 日本図書刊行会刊 まだ現役本のようです

※3 『映画の中の本屋と図書館』の著者、飯島朋子さんは一橋大学図書館の司書として長年勤務された方。仕事のかたわら文学研究やこの図書館映画の研究に成果を上げ、図書館サポートフォーラム賞というのを受賞してらっしゃいます。

※4 調べていくうち、こんなウェブサイトにまで行き着きました。『図書館映画データベース』。更新は2011年ごろで停まっているようですが、日本未公開作品を含め1,000件以上収録というんだからものすごい。だったら『古書店映画』の研究会とかもありそうなものですが……。

日除けに「Rare & Used BOOKS M.SCHWARTZ AND SONS」とあります。「希少書&古書 M・シュワルツ親子書店」というところでしょうか。ロケはブロードウェイの『Westsider Rare & Used Books』という本物の古書店で行われたそうです

日除けに「Rare & Used BOOKS M.SCHWARTZ AND SONS」とあるので「希少書&古書 M・シュワルツ親子書店」というところでしょうか。ロケはブロードウェイの『Westsider Rare & Used Books』という本物の古書店で行われたそうです

日比谷シャンテでウディ・アレンの、というか、本当はジョン・タトゥーロの監督・脚本・主演の映画なんですが、ニューヨークが舞台でジャズが流れててアレンがうろうろしていると、これはもうどうしたってウディ・アレンの映画になってしまうわけで、そんな『ジゴロ・イン・ニューヨーク』(※1)を観ていたら、古本屋が出てきました。今回のウディ・アレンは古本屋の親父という役どころで、ブルックリンに潰れかけた(というか潰れた)小さな古本屋を営んでいるのです。映画は、金に困ったアレンが花屋のタトゥーロをジゴロに仕立ててひと儲け――と云うコメディなのですが、とりあえず今回は『ジゴロ・イン・ニューヨーク』のことではなくて、映画に出てくる古本屋のお話です。

 

実はヒュー・グラントの旅行書専門書店は、古書店のようでもあり新刊書店のようでもあり、両方の特徴があってどちらか判然としません。両方置いている店なのかな

実はヒュー・グラントの旅行書専門書店は、古書店のようでもあり新刊書店のようでもあり、両方の特徴があってどちらか判然としません。両方置いてある店なのかな。右下に店内監視用のモニタがあるあたり、古書店感が強い気がしますが、さて

アレンの経営する潰れかけの古本屋はすでに店頭の百均棚も空っぽでしたが、趣きのある渋い店でした。アレン自身はいつも通りの神経質なおしゃべりおじさんで、あまり古本屋っぽく見えません。しかし、だからといって偏屈で無口な“らしい”古本屋オヤジでは、映画の主人公にはやっぱり向かないでしょう。たとえば『ノッティングヒルの恋人』(※2)の主人公も、旅行書専門書店の店主という設定で、人気女優のジュリア・ロバーツと恋に落ちるお話でしたが、演じたのは当代きっての色男(当時)のヒュー・グラント氏。これまた、およそ古書店主には見えない爽やか野郎でしたが、たしかにあんなふうに微笑めなければ、ジュリア・ロバーツと恋をするのは難しいでしょう。

 

映画『ネバーエンディング・ストーリー』は後に続編が作られますが、キャストのほとんどが一新されたなか、このトーマス・ヒルだけは1作目と同じ古書店主を演じています

主人公の本好き少年バスチアンに「この本のことは忘れろ」と因果を含めるトーマス・ヒルの古書店主。そんなこといったら読もうとするに決まってるじゃん。なお、映画は後に続編が作られ、キャストのほとんどが一新されますが、このトーマス・ヒルだけは2でも同じく古書店主を演じています

一方、同じ古本屋でもファンタシー系の映画に出てくる場合は、もっとマジカルな存在として描かれることが多い気がします。大いなる知識を蔵する魔法の店だったり、異世界へ通じる門だったり。たとえば『ネバーエンディング・ストーリー』(※3)では、いじめられっ子の少年が、古本屋で謎めいたあかがね色の本『はてしない物語』を見つけ、その本を読むことで異世界への扉を開きます。この謎の古本屋の主を演じたトーマス・ヒルは、偏屈で不機嫌そうな古本屋の親父の雰囲気がありました。ただ、この古書店自体の描写はあまりなく、どんな店なのか分りにくいのが物足りません。見えた限りでは古本屋としてあまり特徴がないようですが、『はてしない物語』というとびきりの魔法書があるのですから、店にも魔術的な雰囲気がほしかったところです。

 

『ヒューゴの不思議な発明』に登場するムッシュ・ラビスの古書店

『ヒューゴの不思議な発明』に登場するムッシュ・ラビスの古書店

その意味で、すべてがとびきりマジカルな、夢のような古本屋が出てくるのが『ヒューゴの不思議な発明』でした。次回はこのマーティン・スコセッシ監督作品のご紹介から話を続けます。

 

※1 『ジゴロ・イン・ニューヨーク』(『Fading Gigolo』)2013年米国映画 監督・脚本:ジョン・タトゥーロ、出演:ジョン・タトゥーロ、ウディ・アレン、バネッサ・パラディほか

https://www.youtube.com/watch?v=jP_-sSgSsWs

※2 『ノッティングヒルの恋人』(『Notting Hill』)1999年米国映画 監督:ロジャー・ミッシェル 脚本:リチャード・カーティス 出演:ヒュー・グラント、ジュリア・ロバーツほか

※3 『ネバーエンディング・ストーリー』(『The Neverending Story』)1984年 西独・米国合作 監督:ウォルフガング・ペーターゼン 出演:バレット・オリバー、ノア・ハザウェイ、タミー・ストロナッハほか

母なるメコン川。真偽不明ですが、ガイド氏によれば、近年中国が上流にダムを沢山こしらえたため、漁獲量が減った由。いまはエビ漁が中心だそう。そういえば映画『フォレスト・ガンプ』でもエビ獲ってたなあ(※4)

母なるメコン川。真偽不明ですが、ガイド氏によれば、近年中国が上流にダムを沢山こしらえたため、漁獲量が減った由。いまはエビ漁が中心だそう。そういえば映画『フォレスト・ガンプ』でもエビ獲ってたなあ(※4)

ふるほん漫遊も、国内のそれなら基本なんの問題もありません。沖縄だろうが北海道だろうがどこぞの離島だろうが、おおむね何らかの情報が事前に入手できるし、そうやって店の有無さえ確認できれば、あとはだいたいどうにでもなるものです。むろん実際に行ってみたら休業移転廃業――というケースも多々ありいますが、これは事前に電話なり入れて確認するしかありませんし、それをやったらトキメキがないのでやりたくない(笑)。閉ざされたシャッターを呆然と見上げるのも一興と割り切って、行き当たりばったりを決め込んでいます。

ウィラード大尉がぬーと顔を出しそうなメコン川支流でリアル・ジャングルクルーズ。混みあって船同士ぐいぐい擦りあうので、ふなっぺりを掴んでいると指を大けがします(※5)

ウィラード大尉がぬーと顔を出しそうなメコン川支流でリアル・ジャングルクルーズ。混みあって船同士ぐいぐい擦りあうので、ふなっぺりを掴んでいると指を大けがします(※5)

けれども海外でのふるほん漫遊ではそうはいきません。土地勘がないところへもってきて行動時間も極度に限られるので(※1)、できるだけ精度の高い作戦を立てて効率的にうごく必要があります。いかんせん海外の古本屋情報はとても少なくて、Webで調べても店の場所や営業時間どころか存在の有無さえはっきりしないこともしばしば(※2)。特に日本語の本を扱っている店は希少な存在です。ブックオフ(※3)はともかく、日本の古書店の海外展開は現状考えにくいし、するとやはり、現地の古書店でオマケ的に日本語書籍も扱っている店が、ターゲットということになります。

メコン川名物の象魚(Catai)の唐揚げ。巨大なピラニアみたいでなかなかにグロですが、臭みのない白身でたいへん美味。写真のように立体的な盛りつけ(?)スタイルが意外と食べやすく感心しました

メコン川名物の象魚(Catai)の唐揚げ。巨大なピラニアみたいでなかなかにグロですが、臭みのない白身でたいへん美味。写真のように立体的な盛りつけ(?)スタイルが意外と食べやすく感心しました

そこで、問題はその「日本語書籍も扱う古書店」がどこにあるか、です。まずなんと言っても日本人がたくさんいる土地でしょう。それも使い古しの旅行ガイドくらいしか本を持ってない観光客よりも、現地駐在のビジネスマンや留学生、逃亡者などが多く住む処がよいわけで。つまり、目指すべきターゲットは楽しい観光地ではなく、日本企業がぐいぐい進出している経済都市という結論に至ります。そんなわけで、この5月のゴールデンウィークに、ベトナムの経済的中心地であり、本邦企業の進出も盛んな旧サイゴン、ホーチミン市に出撃してきました。

食事のお伴は「333(バーバーバー)」。軽く切れ味のよいビールで、タイと同じく氷を入れたジョッキに注いでいただきます。向こうではこればっか飲んでました

食事のお伴は「333(バーバーバー)」。軽く切れ味のよいビールで、タイと同じく氷を入れたジョッキに注いでいただきます。向こうではこればっか飲んでました

(この項目つづく)

※1 夫婦で海外旅行へ行ってふるほん漫遊しようとすると、たいていの場合、カミさんがものすごい勢いで不機嫌になるので、独り者の方以外には積極的にお勧めしません。ですが、海外へ出かけるたびに諦めずに「古本屋〜」と小声で呻き続けていれば、やがて諦めて放置してくれるでしょう。家庭の平和というものは、このような不断の努力によって守られるのですね

※2 そりゃまあ、海外旅行に行ってまで古本屋廻って歩くなどという業の深いニンゲンは多くないでしょうし、ましてそれを記事にしてWebに上げようなんて方はさらに少ないでしょう

※3 米国に9店、フランスに3店。以前はソウルやカナダにも店があり、ソウル店は当方も行きましたが、撤退したのでしょうか。またアメリカはともかく、なぜまたフランスに? ブックオフさんの海外戦略の方針を知りたいものです

※4 関係ないけど『フォレスト・ガンプ』をモチーフにしたレストラン、『パパ・ガンプ・シュリンプ』。エビだらけ(笑)http://www.bubbagump.jp

※5 ウィラード大尉とは映画『地獄の黙示録』の登場人物です。「ぬー」はこちら http://youtu.be/IHUSmOQnzEk?t=1m56s

『名探偵ゴッド・アイ』の、これはチラシ。残念ながらプログラムは売ってませんでした。

『名探偵ゴッド・アイ』の、これはチラシ。残念ながらプログラムは売ってませんでした

敏腕刑事ながら視力を失って失職したジョンストン(アンディ・ラウ)は、金に汚く食い意地の張った性格最悪の名探偵。失った視力の代わりに研ぎ澄まされた四感を駆使し、独特の推理法で犯人をとらえ、懸賞金を稼いで生活しています。そんなジョンストンの名探偵ぶりに心酔した女刑事ホウ(サミー・チェン)は、16年前の謎めいた少女失踪事件の謎解きを持ちかけます。金目当てで引き受けたジョンストンとホウの捜査は、やがて奇怪な女性連続失踪事件の謎にたどり着きます――が。というわけで、グロテスクなサイコ・スリラーであり、ドタバタたっぷりのラブコメディであり、奇想あふれるサプライズ満点のミステリー映画でもある、ジョニー・トー監督、アンディ・ラウ主演の映画『名探偵ゴッド・アイ』(『盲探』2013年 香港)を、たいへん面白く観てきました。これは観にいって良かったー。教えてくださった深川拓さん(※1)に大感謝します。

目の不自由な探偵にしては異様なほど行動力にあふれた、名探偵ジョンストン。銀色の杖は折り畳んでポケットにしまえます

目が不自由なのに異様なほど行動力にあふれた、名探偵ジョンストン。杖は折り畳んでポケットにしまえます

盲人探偵といえば、アーネスト・プラマのマックス・カラドスやベイナード・ケンドリックのマクレーン大尉などが思い浮かびますが(※2)、ジョンストンはちょっと違います。盲導犬は飼わずに女性刑事をこき使い、七節棍みたいな折り畳み式白杖(銀色ですが)をコツコツ鳴らして、どこへでも一人で突進していきます。面白いのはその推理法で、犯行当時の状況を再現し、みずから犯人や被害者になりきって行動を推測する、というもの。思わず本質●感!と叫びたくなりますが、たぶん違うでしょう(笑)。まあ、瑣末な手がかりを踏み台に三段論法ならぬ三段跳び論法で想像していくそれは、本格ミステリ的に見れば論理的でも科学的でも合理的でもなく、ロジックとしてあまりに杜撰過ぎて物足りません。――ところが、その八方破れの推理を映画の中に置いてみると、これが不思議と調和します。不自然きわまる謎解きが、なぜか奇妙な説得力を持ち始めるのです。

きわめつけは、最後の最後に明かされる少女失踪事件の真相です。名探偵の謎解きは、一つのささやかな“気づき”を踏み台に想像に妄想を重ねたもので、シンプルな解釈ながら常識的にはおそらく“最もあり得ない”解釈。正直いって開いた口が塞がらなくなるレベルの真相です。この推理ともつかぬ憶測は、それを“真実として描写する映像”によってその真実性が担保されます。つまり、理屈ではなく、映画自身がそれを真実と認定することで公式に正解となるわけです――が、だからといって観客が素直に説得されるとは限りません。実際、もしその謎解きだけだったら、おそらく当方は説得されなかったでしょう。なのに映画を観終えたとき、きっちり説得されてしまっていたのはなぜなのか。その答えは、ジョンストンの憶測が、最終的に壮大と云いたくなるほどの天馬空を行く奇譚風一代記的物語(笑)に飛翔するから。そして、映画がそれを映像で見せつけてくれるからなのです。

いわゆるミタライ・エフェクトにおいては、前提となる謎があまりに異様な、不可能性の強いものであるため、名探偵が提出する突拍子もない仮説以外の解答を排除します。しかし『名探偵デッド・アイ』の謎ー謎解きはこれとは異なります。謎解きはたしかに突拍子もないものですが、謎自体はむしろ凡庸な、不可能性も皆無の失踪事件に過ぎません。では、そこで何が説得力を産み出しているのかといえば、真相の背景をなす奇譚風一代記的物語の面白さ・意外さこそが、その原動力だと思うのです。解釈の論理において、人はしばしば最も論理的な解釈より、最も面白い・意外な・受ける解釈をこそ正解と見なします。つまり人間は面白いもの=感情移入した物語を好み、その物語を支持したくなるものなんですね。『名探偵ゴッド・アイ』製作者は、こうしたココロのメカニズムを巧みに利用し、この突拍子もない真相に説得力を産み出しているのです。

「物語による謎解きの説得力醸成」という技術は、しかしこの映画に限ったものではありません。というか、ミステリの世界ではきわめて古典的な手法の一つというべきでしょう。たとえば『シャーロック・ホームズ』シリーズの長編、『緋色の研究』や『四つの署名』『恐怖の谷』です。事件本編とバックストーリィという2部構成は、前段のホームズの謎解きの真実性が、後段の物語によって担保されていると言えます。裏返せば、こうした作者としての特権を生かした恣意的な説得力生成法は、本格ミステリジャンルの洗練とともに否定され、より客観的な論理に取って代わられていった、ということなのでしょう。しかし、ストーリィテラーの作者にとって、この手法はいつの時代も魅力的なはずです。実際その使い手は今でもおられますよね。たとえば島田荘司さん。氏の場合、ミタライ・エフェクトを発動させることで今日的な本格ミステリ要件を満たし、その後に「豊かな物語」を配置して、そこにさらなる説得力と面白さを与えているわけですね。――まあ、そこまでいったら少々贔屓目が過ぎるかもしれませんが。

『名探偵ゴッド・アイ』は都内では、シネマート六本木で公開中です。ご興味がございましたら、どうぞぜひ。

http://www.cinemart.co.jp/theater/special/hongkong-winter2013/lineup_01.html

大阪では12月28日からシネマート心斎橋で公開の模様ですよ。

 

※1 深川拓さんのブログ(映画だけじゃないですが)は、早くて、信頼できる映画レビュブログとして愛読させていただいています。 http://d.hatena.ne.jp/tuckf/

※2 テレビドラマで『盲人探偵・松永礼太郎』というのがあったようですが、当方は未見。むしろ『復讐の鬼探偵ロングストリート』という古い米国製ドラマをうっすら覚えています。爆弾で視力と奥さんを亡くした主人公が、盲導犬を引き連れて犯人を追いつめていくお話だったと思います。

パーシー卿と従者コートニー。後ろがアブロ三葉機。(『素晴らしきヒコーキ野郎』より)

パーシー卿と従者コートニー。後ろがアブロ三葉機。(『素晴らしきヒコーキ野郎』より)

というわけで、4ヶ月ぶりの続きです。さすがにあいだが開きすぎましたので、前回までのお話を振り返りましょうか。そもそもの発端は、古い米国製テレビアニメ『チキチキマシン猛レース』です。夏休みの午前中とか、よく再放送してましたよね。あのテレビアニメの事実上の主役といえば“ブラック魔王”と“ケンケン”だ、と当方は思うわけですが、あの主従コンビにはモデルがあったんじゃないかしらん、というのが本稿のテーマです。で、当方はそのモデルを、映画『素晴らしきヒコーキ野郎』に登場する悪役、パーシー卿と従卒コートニーなのではないか、と考えました。卑劣なくせに間抜けで、せこい破壊工作を仕掛けては失敗し、毎回痛い目に遭うキャラクタがそっくりでしたし、『ヒコーキ野郎』の公開が1965年で『チキチキマシン』の初放映が1968年というのも、タイミング的にぴったりくる感じです。しょうもない発見ながらかるく興奮したりもしましたが、よくよく調べていくとこの「発見」がどうも怪しくなってきました。『チキチキマシン』の公式サイトが見あたらないので、なかなかはっきりしなかったのですが、あれこれ調べているうちにたどり着いた海外のファンサイトらしきWebページで(※1)「The show was inspired by the 1966 Blake Edwards film,『The Great Race』」なんて記述を見つけてしまったわけです。だめじゃん。

『グレートレース』の悪役主従:フェイト教授とマックス助手

『グレートレース』の悪役主従:フェイト教授とマックス助手

『グレートレース』かー。あったあった、そういう映画。ニューヨーク・パリ間の珍道中レースを描いたコメディ大作でしたが、こちらはヒコーキならぬ自動車レースで、たしかに『チキチキマシン』のモデルとしてはこちらの方がぴったりくる感じです。公開年は『ヒコーキ野郎』と同じ1965年ですが、当方はずっと後年に見たので、『ヒコーキ野郎』と違ってあまり印象に残っていなかったんですね。監督はブレイク・エドワーズ。この監督の『ピンク・パンサー』シリーズは大好きですし、『ティファニーで朝食を』も有名ですが、『グレートレース』はどうも印象が薄いのです。 うっすら記憶に残っているのは、無茶苦茶なパイ投げと変なかたちのクルマだけ……(※2)。そこで今回、ビデオで見直してみました。なるほどたしかに『チキチキマシン』に似ています。かんたんにいえば緩いドタバタコメディで、いま見るといかにも大味で、間延びして見えますが、おかしなスーパーカーが登場してマンガチックな難コースを競争する――というシチュエーションなど、まさに『チキチキマシン』そのもの。となると、やはり『ヒコーキ野郎』でなく『グレートレース』が『チキチキマシン』の元ネタなのでしょうか……。実は同様の記述がWikipediaにもあり、これはもう定説なのかもなあと思いましたが、その根拠まではどこにも見あたらなかったので、それをいいことに『素晴らしきヒコーキ野郎』がモデルだった可能性も完全に否定されたわけではない!と、往生際悪く強弁しておきます。まあ同時期に作られた似たようなタイプのコメディですし、両作とも参考にされたとしてもおかしくないですよね。というかむしろその方が自然な気もするのですが、いかがでしょう。

『グレートレース』で助手のマックスを演じるピーター・フォーク

『グレートレース』で助手のマックスを演じるピーター・フォーク

ところで、『グレートレース』が『チキチキマシン』の元ネタだったとすると、こちらで“ブラック魔王とケンケン”に相当するのは誰か? というと、悪役・フェイト教授と助手のマックスというキャラクタです。名優ジャック・レモンが演じるフェイト教授は、科学者というか発明家というか、一種のマッドサイエンティストで、不気味な屋敷で秘密兵器を搭載したおかしなスーパーマシンを発明してレースに挑み、しかし自分の発明によほど自信がないのか、悪巧みを仕掛けてはドツボにはまる例の黄金パターンを実践しています。性格はたしかにブラック魔王ふうですが、発明家という点では『チキチキマシン』の別キャラクター、陸海空用に変形する“マジックスリー”の発明家パイロット“ドクターH”にも似ています(※3)。そして、このフェイト教授の命を受け、ぶつぶつ言いながら良からぬ仕掛けをして回る間抜けな助手マックスを演じているのが、なんとピーター・フォーク。後のコロンボ警部です。つまり若かりしコロンボ警部こそが、“ケンケン”の原型キャラクタということになるのです。同作のピーター・フォークはまだ30代。コロンボが始まる直前の時期で、皮肉屋の小悪党を実に楽しげに演じています。その皮肉っぽい笑顔は、そういえばケンケンに似ている気がしないではありません。もはや確かめようのない憶測ですが、そんなふうに考えると、ちょっとばかり楽しくなってくる当方なのでした。

なお、ピーター・フォークは2011年6月23日に83歳で亡くなりましたが、もう一人のケンケンのモデルである(かもしれない)『素晴らしきヒコーキ野郎』の従者コートニーを演じたエリック・サイクスは、その翌年、2012年7月4日に89歳で亡くなっています。ケンケンのモデルかもしれない2人が相前後してなくなっているのも、何かの縁なのでしょうか。

 

※1 『It’s the Wacky Races!』 http://www.hotink.com/wacky/

※2 研究書によれば、『グレートレース』のパイ投げシーンは映画史に残る“史上最大のパイ投げシーン”らしいです。なかなかしょうもなくて素敵ですね。 http://www.youtube.com/watch?v=U104DXEYHbA

宮崎駿監督『名探偵ホームズ』のモリアーティ

宮崎駿監督『名探偵ホームズ』のモリアーティ

※3  ブラック魔王のモデルであるかもしれない、このフェイト教授という悪役キャラクターは、一説によると宮崎駿監督の『名探偵ホームズ』シリーズの悪役・モリアーティ教授のモデルとも言われているそうです。ほんまかいな。これも根拠がはっきりしないので、もし情報をお待ちでしたらご教授くださいませ。

ちなみに今回登場したブラック魔王とパーシー卿、フェイト教授、そしてモリアーティに共通するものは何か?お分かりですか。奸佞邪智なキャラクタぶりは別としてですが――それは口ひげであります。そして、これは偶然ですが当方も彼らのような口ひげを生やしておりまして。だからといって、彼らのような邪悪な性格ではない!はずですが、まあ、何となく親近感を感じないではないではありません。

『三大怪獣 地球最大の決戦』1964年

『三大怪獣 地球最大の決戦』1964年

生まれて初めて劇場へ映画を観にいった、いちばん最初のタイトルが何だったか、皆さんは覚えていますか。記憶力の無さには定評のある当方ですが、この件についてはわりと鮮明に覚えてまして。当方の場合、『三大怪獣 地球最大の決戦』(※1)という映画です。ゴジラ、モスラ、ラドン、キングギドラなど東宝怪獣オールスターキャストの、ゴジラ・シリーズ第5作ですね。当時6歳だった当方は、これをクリスマス頃の満員で通路までぎっしり人が詰め込まれた銀座の劇場で、親父に肩車されながら見た記憶があります。いまや隔世の感がありますが、往時の日曜のロードショー館は混んでるのが当り前だったんですよね。1時間半も当方を肩車し続けてくれた父は、さぞ大変だったろうと思います。映画自体はキングギドラがおっかなかった、という記憶くらいしか残ってないんですが。――脱線しました。この『三大怪獣』は、親父が当方に見せようとセレクトし、連れていってくれたタイトルでしたが、そうではなく、当方が当方の意思で観たいと選んで連れていってもらった最初の映画はなんだったか。それが、7歳の時に丸の内ピカデリーで観た『素晴らしきヒコーキ野郎』(※2)です。

『素晴らしきヒコーキ野郎』1965年 なぜかパッケージもパーシー卿押し

『素晴らしきヒコーキ野郎』1965年
なぜかパッケージもパーシー卿押し

『素晴らしきヒコーキ野郎』は『史上最大の作戦』や『バルジ大作戦』などで知られる、英国のケン・アナキン監督(※3)によるドタバタコメディ超大作。飛行機が発明されて間もない1910年代の英仏を舞台に、英国の新聞社が国威発揚のために世界中の飛行家を集めて英仏海峡横断レースを開催する、というお話で、実際に各国のスターやコメディアンが大挙して出演。日本からも若き石原裕次郎(※4)が出ていたりしている楽しい映画です。なぜ、7歳の当方がこのタイトルを観たがったかというと、当時、飛行機が大々好きな航空ファンだったからで。なにしろこの映画には、いまではめったに観られない20世紀初めころの古い古い飛行機が、見事に再現されて山ほど登場(※5)し、なんと実際に飛行するのです。お話はたいへん大らかなドタバタコメディで、映画としてとくだんどうこういうような作品ではありませんが、各国のスター、喜劇俳優が登場してまことに賑やかかつゴージャス。特に飛行機ファンにとっては全編飛行機まみれで、盆と正月がいっぺんにやってきたような眼福映画でした。――で、モンダイはこの映画に登場する、ほぼ唯一の悪役であるパーシー・アーミテージ卿(※6)というキャラクターです。

パーシー卿と従者コートニー。後ろがアブロ三葉機。(『素晴らしきヒコーキ野郎』より)

パーシー卿と従者コートニー。後ろが、わたしも大好きなアブロ三葉機。(『素晴らしきヒコーキ野郎』より)

ここでようやく前回のお話へと繋がります。というのは、パーシー卿にはコートニーという従者がおりまして、悪辣卑劣なパーシー卿はライバルたちを蹴落とそうと次々セコい悪巧みを計画し(※7)、その実作業を従者のコートニーに押し付けるんですね。ところが、どういうわけかその度に失敗してパーシー卿自身がドツボにはまる。それを何度も繰り返すのが物語のアクセントとなっています。つまりこれ、『チキチキマシン猛レース』の悪役主従「ブラック魔王とケンケン」コンビそのものなんですね。実際、『素晴らしきヒコーキ野郎』の従者コートニーもパーシー卿に忠実無比というわけではなく、卿の傲慢かつ高圧的な態度には不満たらたらで、卿がとんまな失敗をしてひどい目に遭うと、ケンケンよろしく陰でニヤニヤしたりするわけで。まあ、ある種の主従の典型という感じではあるんですが、個性派レーサー/パイロットたちによる大レースという作品自体の類似も含め、まさにタイミング的にも(チキチキ放映の3年前に公開)キャラクター的にも位置づけ的にも、容貌やファッションも含め、この『素晴らしきヒコーキ野郎』のパーシー卿&従者コートニーこそ、ブラック魔王とケンケンのモデルなのではないか。――と思ったわけですが、ことはそう簡単にはいきません。

(この項つづく)

※つづきはこちら→「ケンケンとコロンボ警部 3」

※1 『三大怪獣 地球最大の決戦』1964年 監督:本多猪四郎 (本編)・円谷英二 (特撮) しかとは覚えてませんが、キングギドラに手を焼いた人類が、ケンカしているゴジラとラドンをモスラに説得させ、一致団結させてキングギドラの脅威に対抗するというような、いま思うとステキにしょうもない他力本願なお話でした。

http://www.youtube.com/watch?v=6cmEoG1ocV4

※2 『素晴らしきヒコーキ野郎』1965年 監督・脚本:ケン・アナキン 原題は『Those Magnificent Men in Their Flying Machines or How I Flew from London to Paris in 25 Hours and 11 Minutes』(『素晴らしき飛行機野郎。または私はいかにして25時間11分でパリ・ロンドン間を飛行せしめたか』というやたら長いもので。そういうタイトルの原作があるわけではないし、内容的にも特に意味がない長ーい題名なんですが、これは前年(1964年)公開されたキューブリックの『博士の異常な愛情』の原題『DR. STRANGELOVE: OR HOW I LEARNED TO STOP WORRYING AND LOVE THE BOMB』(『ストレンジラブ博士、または私はいかにして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』)のパロディかもしれませんね。

http://www.youtube.com/watch?v=SN74T2v6Hg8

※3 アナキンといえば、『スター・ウォーズ』の一方の主人公の名前ですが、これはケン・アナキン監督と親交が深いジョージ・ルーカス監督がアナキン監督に頼んで使わせてもらっているのだそうです。

※4 石原裕次郎の役柄は日本代表の飛行家ですが、なぜか大凧かなんかに乗って飛んでいる変な飛行家で、海峡横断レース主催者から招待状が来たのに「先生、わが国にはまだ飛行機がありません!」なんて言ってるんですよ。すると、へんな日本語を話す「先生」は慌てず騒がず「イタリア機とアメリカ機を合体させれば日本製のできあがりじゃ!」……。当時の日本製って安物・まがい物イメージだったんですね。そのわりに、悪役からはなぜか「最強の敵」と怖れられるのが謎です。

※5 アントワネット単葉機、ブリストル・ボックスカイト、ドモアゼル単葉機、アブロ三葉機、アードリー・ビリング複葉機……。そのほか実際には飛行できなかった失敗機もざくざく登場し、ケーブルや現代のエンジンの力でもってぶんぶん飛びます。当方はとくに、悪役パーシー卿の愛機「アブロ三葉機」が大好きで、わざわざプラモデルを買ってきて作ったりしてました。

※6 パーシー・アーミテージ。あなたがミステリ読みさんであるなら、この名前に記憶があるかも知れません。シャーロック・ホームズものの某有名作に登場している名前です。特に内容的に繋がりがあるとも思えないので、映画制作者がそこから名前を採ったか、偶然でしょう。

※7 スタート前夜のパーティで敵に下剤を飲ませようとしたり、ライバル機に細工したり、やることはわりとベタです。

夏休みのイメージ(こないだ行った九十九里です)

空虚な夏休みのイメージ(九十九里ですが)

贅沢な話だと思いますが、小学校中学校時代の夏休みというのは、あれでけっこうなかなか退屈なものでして。指折り数えて到来を待ち続けたくせに、いざその時が来てみると、途方もなく長大な「何もやるべきことを命じられない」時間をどうしようもなく持て余してしまうものでした。そりゃまあ、家族旅行に連れていってもらうこともありましたが、そんなものはせいぜい数日。終わってしまえば、義務は済んだとばかりに放り出され、あとはもうとことん何もすることがない暑苦しい時間が果てしなく続いているわけで。そのかぎりなく無為な時間の象徴みたいなもののひとつが、夏休みの平日午前中に毎日テレビで流れていたアメリカ製アニメーション、特にハンナ・バーベラ(※1)の一連の作品でした。『スーパースリー』とか『大魔王シャザーン』とか『宇宙怪人ゴースト』とか、ディズニーアニメにくらべると微妙にチープなあれらの作品群を、当方はたいして面白いとは思わなかったにもかかわらず、なぜかえんえんと見続けていたものです。なかでも、毎年毎年再放送されていやというほど繰り返して見たのが『チキチキマシン猛レース』でした。

『ケンケンと愉快な仲間たち』(平成7年初版 イートハーヴ出版)

『ケンケンと愉快な仲間たち』(平成7年初版 イートハーヴ出版)

いま思うと、あの『チキチキマシン猛レース』というテレビアニメは、なかなかどうしてアヴァンギャルドな作品だったようにも思えます。だってあれ、ストーリィも何もないんですよ。個性あふれる11台の、とはいえ毎回まったく同じ顔ぶれの、へんてこなレースカーがただただ競争するだけ。ただそれだけのアニメなんて芸がないにもほどがあります。とにかく毎回同じようにレースが始まりゴールすると終わりという繰り返しで、違うのはコースと優勝者だけという。なんというか、毎回同じシチュエーションで繰り返されるコントに近い感じで、こんなの1発でマンネリ化しそうだし、実際マンネリ化していましたが、それでも見つづけていたのですから、自分どれだけヒマだったのか、と不思議になります。おそらくはこれがすんごく好きだったからということではなく、単に他にすることがなかったから観ていたのでしょう。ただただ無為に時間を潰すだけのために。いったいなんだったんでしょうね、あのとことん無為な時間は。

それはともかく、惰性で観ていたとは言え『チキチキマシン』にお気に入りのキャラクタが全くいなかったわけではありません。まあ、このシリーズが好きなひとは皆さんそうなんじゃないかと思いますが、好きだったのはシリーズの悪役、ブラック魔王とケンケンでした。真面目に走ればそれだけで軽く優勝しそうなかっこいいクルマ(ゼロゼロマシン)を駆っているのに、生来の根性の悪さが災いして、走るよりライバルの足を引っ張ることに熱心――というブラック魔王の間抜けな悪役ぶり。してまた魔王の従者的位置づけの愛犬のくせに、主人を一切尊敬せず、信用せず、それどころか密かに馬鹿にしていて、手伝いながらその失敗を陰でほくそ笑み、敵味方問わず全方位的に媚びと悪意をせこく放射するケンケンが大好きでした。前述のとおりストーリィらしいストーリィのないこのアニメでは、毎回このコンビがどんな悪巧みを仕掛けて自滅するのか、というエピソードが毎回のメインネタでしたし、セリフもアップもいちばん多かったと思います。

調べてみると、犬のケンケンはもとの英語版では「Muttley」(「マトレー」かな)という名前で、ブラック魔王は「Richard “Dick” Milhous Dastardly」(「卑劣なリチャード“ディック”ミルハウス」か)。日本版ケンケンは、独特の引きつった笑い声とともに押し殺した声で毒づいていました(※1)が、Muttleyは笑いはしても基本しゃべらず(なにかごしょごしょ呻くけどはっきりした言葉にならない)、笑い声も日本とはすこし異なっています(※2)。さらにこのMuttley/ケンケンというキャラクターをデザインしたのは、ハンナ・バーベラ・プロダクションのアニメータ、故イワオ・タカモト氏。お名前からも分かる通り日系アメリカ人二世の方です。2次大戦中は強制収容所に収監され、そこでイラスト技術を学び、戦後ディズニーに入社した――というこの方の人生も実に興味深いのですが、今回は別の話です。間抜けな悪役主従のモデルについて考えたいのですよ。というのは、最初に観た時から妙にデ・ジャヴというか、既視感があったんですね、あの悪役コンビに。で、いろいろ考えていくうち最初に思い出したのが『素晴らしきヒコーキ野郎』という映画でした。 (この項つづく)

 

※つづきはこちら→「ケンケンとコロンボ警部 2」

※1日本版(ちょっと珍しい『ブラック魔王とケンケンの歌』) http://www.youtube.com/watch?v=-iGmb0_0kT8

※2英語版 http://www.youtube.com/watch?v=1OpmHeB5fV4

※上の写真は、高桑慎一郎さんの『ケンケンと愉快な仲間たち』(平成7年初版 イートハーヴ出版)。作者さんは日本版『チキチキマシン猛レース』の演出家で、この本は同作をはじめとするハンナ・バーベラ作品の日本版制作に関する裏話集です。

※タイトルは本稿の落ちに絡んできますので、やたら調べて先回りしたりしない方向でお願いします。できるだけ早めに続きを書きますので。

a中学時代の終わりのころ、カンフー映画が大流行しました。きっかけはもちろん『燃えよドラゴン』。ブルース・リー主演のこの映画が大ヒットして(1973年)、それまで日本ではほとんど知られてなかった功夫片、カンフー映画(当時はカラテ映画と呼んでました)が大ブームになったのです。でも、その『燃えよドラゴン』を、自分は最初見に行きませんでした。 当時すでにいっぱしの映画ファンを気取っていた自分は、中国人が主人公の香港映画なんてなにかこう鈍くさいと思ってたんですね。われながら鼻持ちならぬ馬鹿ですが、見た友だちが口を揃えて「すげえつええ!」「すげえかっこいい!」「とにかくすげえ!」というので、半信半疑で見に行って、いっぺんにやられました。このあたりの衝撃の大きさは、同世代でないと想像しにくいでしょう。まあ……神降臨と。それくらいの衝撃だったと言えそうです。でかい白人をかっこよく叩きのめす主人公がとにかく新鮮で、しかもかれが小柄で細身の黄色人種であることが、“もしかしたら自分も、ああなれるんじゃないか”という錯覚を大いに誘発してくれたのです。

かくてめでたく大ブーム到来となったわけですが。思い返してみると、あのブームってほんの一瞬のことだったんではないでしょうか。ご承知のとおりブルース・リーは当時すでに亡くなり、主演作じたい数本しかありませんでしたから、あっという間に弾が尽きてしまうと、あとはもう似て非なるB級作品のオンパレード。××ドラゴンとか燃えよ○○とか殺人△△拳とか、じつに適当なタイトルのカンフー映画が次々公開され、それらをまた飽きもせずに摂取し続けたのでした。まあ、当時はブルース・リー的な何かが出てくれば満足していたわけですが、さすがにそれを延々と何の工夫もなく繰り返されるとうんざりしてきます。なにしろあの頃のB級功夫片のほとんどは、そりゃもう泣きたくなるほどワンパターンで大雑把で、安っぽく泥臭く。李小龍魔法が消えてしまえば、こども心にもトホホなしろものばかりでしたから(※1)。しかし、そんな中にもごくごく稀にはキラリと光る作品もないではない。そんな数少ない功夫片の1つが、梁小龍(ブルース・リャン)の『帰ってきたドラゴン』(※2)でした。

『帰ってきたドラゴン』の梁小龍。役名はゴールデン・ドラゴン

『帰ってきたドラゴン』の梁小龍。役名はゴールデン・ドラゴン

『帰ってきたドラゴン』は、香港映画のトッププロデューサーである呉思遠(ウー・スーユエン)が、監督時代にこしらえた功夫片。宝物を取ったり取られたりしながら、正義の味方・梁小龍(ブルース・リャン)と敵役の和製ドラゴン・倉田保昭さんが闘いまくるという話で、当時はわたしも梁小龍なんて知りませんから、倉田さん目当てで見に行きました。梁小龍という名前といい劇中のゴールデン・ドラゴンという役名といい(※3)、ブルース・リー(李小龍)のパチモン感満点でしたから。ところが武闘シーンを見てたまげました。圧倒的に鋭く、早いハイキックに、敵役の頭上を軽々と超えていくジャンプ。また、走っては闘い走っては闘い、地形を利用して千変万化する(※4)スピーディかつ変化に富んだ殺陣も非常にユニークなものでした(※5)。実はこの梁小龍は、李小龍(ブルース・リー)、成龍(ジャッキー・チェン)とともに「三龍」と呼ばれ、一時は香港映画最強の男とも言われた実力派武打星でしたが、日本ではブルース・リーのパチモン視されたあげくカンフー映画ブームも終息し、人気が出ないまま忘れられてしまったのです。

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『カンフー・ハッスル』では火雲邪神役。ラスボス的悪役ですね

その後も、ずいぶん香港映画を追いかけましたが、梁小龍の名前を意識することはありませんでした。何でもこのひと、実際に強いだけでなくやたら喧嘩っ早かったそうで、その手のトラブルが絶えず、ギャングを何人も叩きのめして黒社会に狙われたりしていたのだとか。一時は身の危険を感じて海外へ行方をくらませていた、と言うのですから本格的です。それだけに『帰ってきたドラゴン』から30年も経って周星馳(チャウ・シンチー)の『カンフー・ハッスル』で再見した時も、最初まったく気付きませんでした。いや、それどころか実際にスクリーンで火雲邪神(※6)役を演ずる姿をみても分からなかった。だって変わり過ぎでしょう。いくら30年ぶりといったって、あの溌剌たる若者が禿げたおっさんなんだもの。ご存知のとおり『カンフー・ハッスル』は日本でも大ヒットしましたが、梁小龍はその後、またしばらく行方知れずになったりしたらしく、何本か出演はしたものの、さしたる話題にはならなかったようです。それだけにこの正月、『燃えよ!じじぃドラゴン 龍虎激闘』でかれと再会した時は、わけもなく感動しました。

ポスターでも、メインに梁小龍のハイキックをフィチャー

ポスターでも、メインに梁小龍のハイキックをフィチャー

『燃えよ!じじぃドラゴン 龍虎激闘』(※7)は、2010年製作の“あの頃”のカンフー映画です。あの頃つまり70年代の、ワイヤーアクションもCGもなく、全て俳優が身体ひとつで闘い演じていた功夫片です。監督は若い方ですが、功夫片へのあふれる愛とリスペクトで、かつての輝ける武打星たちをスクリーンに蘇らせ、あの頃の映画を作り上げています。チープな原色影絵のオープニングクレジットに、無駄に仰々しいナレーション。途中で流れが変わってしまう行き当たりばったりのストーリー。安っぽく大げさな効果音。そして何より、あの頃の輝ける武打星たちの衰え知らぬアクション。とくに主役たる梁小龍の足技を見ていたら、本気で泣けてきたものです。腹の出たヨレヨレの爺いになっても、なお鮮やかなハイキック!――ラスト、若い強力な拳士と死闘を繰り広げた梁小龍は、汗と血と鼻水でどろどろになって倒れ、横たわったまま涙を流し、呵呵大笑します。それはまるで、香港映画界最強を謳われながら国際スターにも伝説にもなれなかったかれ自身の、過ぎ去っていった半世紀を笑っているかのようでした。

 

※1 成龍、ジャッキー・チェンの本格的な活躍はさらに数年あとという印象です。

※2 『帰ってきたドラゴン』(1973) http://www.youtube.com/watch?v=bFP_-zwrE_s

※3 ちなみに倉田さんの役名はブラック・ジャガー。どちらも小学生レベルの適当な命名ですね。

※4 左右の壁に手足を突っ張らせてよじ登る技は「壁虎功」。『帰ってきたドラゴン』には、登っていった壁の途中で中空に立って闘うという無茶なシーンがあります。後ろ姿の場合もスタントは使っていないそうです。

※5 「ハイスパート・カンフー」と呼ばれるこのスタイルは、後にジャッキー・チェンのアクションスタイル(『プロジェクトA』など)に影響を与えた感じです。

※6 http://www.youtube.com/watch?v=CuNl7SRdt3k 4:10過ぎに登場するランニング姿のおっさんです

※7 http://www.youtube.com/watch?v=wxUSH55JVVE 他にも懐かしくて涙ちょちょぎれる(<古語)懐かしの武打星が大挙して登場し、大暴れしてくれます。映画としてはグダグダなので見る人を選ぶのは確かですが……そのぐだぐだまで含めて、あの、映画なのです。70年代に少年時代を過ごした男子は必見ですよ。