どうやらこの方が「伝説の古書店」のご主人のようです。「今日はミニコンサートをやってます。ぜひ聞いていってください」。ありがとうございます。歌も素敵ですが、私はまず本を拝見したいですね。「もちろんご自由に。室内は私設の図書館、外に並べた古本は販売もしています」。図書館? けげんな顔をした私に、ご主人は丁寧に説明してくれました。この文庫は、新聞記者だったご主人が、現役時代に資料として収集した書籍を一般に解放した私設図書館。開館中は誰でも本を選び、ノートに名前を記して借りられる仕組みなのだそうです。古本販売は、ですからあくまで副次的な事業みたいですね。
2012年頃にオープンしたというこの図書館兼古書店は、すぐに地元の知識人・趣味人が集まるようになり、今回のようなミニコンサートなどのイベントを開いたりするうち、エコでロハスでラブ&ピースな地域のコミュニティ拠点になっていった模様です。お客さんの大半は地元の人たちが中心のようですが、たまに迷い込んでくる、わたしのような遠雷の客も、名物のカレーを振る舞われるなど、珍客として歓迎してもらえます。さすがに図書館は地元民でなければ使いにくいですが、それでも元全国紙記者の蔵書には大いに興味があります。勧められるまま、サッシを開けた居間から上がりこませていただきました。
手作りらしきごくシンプルな書棚というか木箱が危なっかしく積み上げられ、手当たり次第に、という感じで本がつめ込まれています。ざっと見渡したところ、蔵書は社会派ノンフィクションや社会思想・社会科学系に歴史学といった硬派な本が中心のようです。エンタテイメントは古めの国産SFや歴史ものがいくらかあるくらいで、ミステリ系はほとんど見あたりません。また、マンガはけっこうありますが、白土三平や水木しげるなどのガロ系作家の作品が中心。まア、いかにもという感じですね。積み上げられたブックタワーの上に政党ちらしやヘルメットに拡声器が置かれ、その横には読み古されて背が外れそうな『カムイ伝』愛蔵版がずらり。なるほどなるほど。
まっとうだけども、わたしにはあまり縁がない書棚かなあ。それでも諦め悪くごそごそしていたら、見かねたご主人が声をかけてくれました。「今日は風花野文庫さん(※4)が出張販売においでです。外の古本棚の横に店を開いてらっしゃるので、そちらもご覧ください」。ありがとうございます、ぜひ。コンサートはすでに終わったらしく客たちは楽しげに雑談中。ウッドデッキの端に背の低い本棚が並べられ、さらに小ぶりな木箱やトランクにまで本が詰められて賑やかに並んでいます。こちらもやや堅めの品揃えながらいくらかエンタメ本も混じっていたので(ミステリは相変わらず見あたりませんが)、わたしもなんとか買い物ができました。
というわけで。俗な本読みのわたしには、釣果といえるほどの収穫はありませんでしたが、それでもたいへん楽しく、不思議なひと時を過ごせたことは間違いありません。ほんとうにあんな場所に古本屋があったんだよなあ……と、いまや半ば信じられないような気分さえあります。さあらばあれともあれ。最近はこの「霧降文庫」さんみたいな、エコでロハスな地域コミュニティ的NW古書店さんが増えている気がします。「古本」という商品がエコロジーの思想にフィットするのでしょうか。まあ、それはどうでも良いのですが、そうしたお店は、往々にして(わたしにとって)いまいち棚が面白くないのが困りものです(※5)。だったら行かなきゃいいだけの話なのですが、「だからこそ掘出し物が隠れているのではッ!?」などと。それはそれで、やっぱり浅ましいことを考えてしまうので、どうにも救いようがありません。
※「上」はこちら。
※4 「風花野文庫」:宇都宮市の古書店さんらしいのですが、残念ながらわたしは未踏です。風花野文庫さんのブログはこちら。
※5 もちろん例外は多々あります。本を大事にしながら地域の情報発進基地的方向を模索しておられる古書店も多く、たいへんセンスの良い棚づくりをされている店も少なくありません。そういうお店にとって文化コミュニティ的活動は古本屋としてのあらたな生存戦略なのかも。
【霧降文庫】
HP:http://nikkosunadokei.cocolog-nifty.com/
所在地:栃木県日光市所野1541−2546
開店日:不定期 (要確認)
開店時間:不定期 (要確認)