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月別アーカイブ: 10月 2018

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「霧」が転倒しているのは、それが上から降ってくるという意味? 名物のカレーの匂いがたまりません

どうやらこの方が「伝説の古書店」のご主人のようです。「今日はミニコンサートをやってます。ぜひ聞いていってください」。ありがとうございます。歌も素敵ですが、私はまず本を拝見したいですね。「もちろんご自由に。室内は私設の図書館、外に並べた古本は販売もしています」。図書館? けげんな顔をした私に、ご主人は丁寧に説明してくれました。この文庫は、新聞記者だったご主人が、現役時代に資料として収集した書籍を一般に解放した私設図書館。開館中は誰でも本を選び、ノートに名前を記して借りられる仕組みなのだそうです。古本販売は、ですからあくまで副次的な事業みたいですね。

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「霧降文庫」名物のウッドデッキの古書店ゾーン、奥に立ってらっしゃるのは「風花野文庫」のご主人。なお室内へ入る時は玄関ではなく、写真右手に開いた居間の開口部を出入口がわりに使用します

2012年頃にオープンしたというこの図書館兼古書店は、すぐに地元の知識人・趣味人が集まるようになり、今回のようなミニコンサートなどのイベントを開いたりするうち、エコでロハスでラブ&ピースな地域のコミュニティ拠点になっていった模様です。お客さんの大半は地元の人たちが中心のようですが、たまに迷い込んでくる、わたしのような遠雷の客も、名物のカレーを振る舞われるなど、珍客として歓迎してもらえます。さすがに図書館は地元民でなければ使いにくいですが、それでも元全国紙記者の蔵書には大いに興味があります。勧められるまま、サッシを開けた居間から上がりこませていただきました。

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室内の図書室ゾーン。本棚はこの反対側にもどっさりあります。固めの本が多い感じですね

手作りらしきごくシンプルな書棚というか木箱が危なっかしく積み上げられ、手当たり次第に、という感じで本がつめ込まれています。ざっと見渡したところ、蔵書は社会派ノンフィクションや社会思想・社会科学系に歴史学といった硬派な本が中心のようです。エンタテイメントは古めの国産SFや歴史ものがいくらかあるくらいで、ミステリ系はほとんど見あたりません。また、マンガはけっこうありますが、白土三平や水木しげるなどのガロ系作家の作品が中心。まア、いかにもという感じですね。積み上げられたブックタワーの上に政党ちらしやヘルメットに拡声器が置かれ、その横には読み古されて背が外れそうな『カムイ伝』愛蔵版がずらり。なるほどなるほど。

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外のウッドデッキに並んだ販売用の本たち。つまりこの部分が古書店ゾーンということになりますが、冬場は当然のごとく、寒さでウッドデッキが使えなくなってしまうため、古本も室内に待避させる由

まっとうだけども、わたしにはあまり縁がない書棚かなあ。それでも諦め悪くごそごそしていたら、見かねたご主人が声をかけてくれました。「今日は風花野文庫さん(※4)が出張販売においでです。外の古本棚の横に店を開いてらっしゃるので、そちらもご覧ください」。ありがとうございます、ぜひ。コンサートはすでに終わったらしく客たちは楽しげに雑談中。ウッドデッキの端に背の低い本棚が並べられ、さらに小ぶりな木箱やトランクにまで本が詰められて賑やかに並んでいます。こちらもやや堅めの品揃えながらいくらかエンタメ本も混じっていたので(ミステリは相変わらず見あたりませんが)、わたしもなんとか買い物ができました。

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風花野文庫さんの棚。本だけでなく可愛らしい雑貨なども販売中

というわけで。俗な本読みのわたしには、釣果といえるほどの収穫はありませんでしたが、それでもたいへん楽しく、不思議なひと時を過ごせたことは間違いありません。ほんとうにあんな場所に古本屋があったんだよなあ……と、いまや半ば信じられないような気分さえあります。さあらばあれともあれ。最近はこの「霧降文庫」さんみたいな、エコでロハスな地域コミュニティ的NW古書店さんが増えている気がします。「古本」という商品がエコロジーの思想にフィットするのでしょうか。まあ、それはどうでも良いのですが、そうしたお店は、往々にして(わたしにとって)いまいち棚が面白くないのが困りものです(※5)。だったら行かなきゃいいだけの話なのですが、「だからこそ掘出し物が隠れているのではッ!?」などと。それはそれで、やっぱり浅ましいことを考えてしまうので、どうにも救いようがありません。

 

 

※「上」はこちら

4 「風花野文庫」:宇都宮市の古書店さんらしいのですが、残念ながらわたしは未踏です。風花野文庫さんのブログはこちら

※5 もちろん例外は多々あります。本を大事にしながら地域の情報発進基地的方向を模索しておられる古書店も多く、たいへんセンスの良い棚づくりをされている店も少なくありません。そういうお店にとって文化コミュニティ的活動は古本屋としてのあらたな生存戦略なのかも。

【霧降文庫】

HP:http://nikkosunadokei.cocolog-nifty.com/

所在地:栃木県日光市所野1541−2546

開店日:不定期 (要確認)

開店時間:不定期 (要確認)

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日光・霧降高原(2017年10月)

──それにしても深い森です。見渡すかぎり樹木がみっしり連なり、数メートル先を見通すことさえ難しいのです。木々の多くはすでに色づきはじめ、その赤や黄色に染まった紅葉のおかげで、樹下も思うほど暗くないのが救いでしょうか。かろうじて舗装された山道には、しかし目印らしい目印もなく、曲がったり行き止まったり枝分かれしたり。気まぐれな蛇行を繰り返しています。ときおり木の間に見え隠れする建物といえば、傷み古びた山荘くらいで、古書店どころか店舗らしきものはまったくありません。いや、そもそも人間どころか猫の子いっぴき歩いてないこんな山道に、お店などあるとはとうてい思えません。思えませんが、しかし。わたしはたしかに聞いたのです。古本仙人と呼ばれる古老(※1)から、この山に伝説の古本屋がある、と。

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もいっちょ紅葉。時おり小雨がぱらつく空模様でしたが、紅葉は素晴らしかったです

曰く。良書を求むるひと霧深き山道に迷わば耳澄ますべし。深き淵よりセイレーンの歌響くとき、その声を辿れ。されば緑道に道開きてカレーの香とともにそこはある──と。まあ、こんなアレな語り方ではなかったけれど、おおよそこういった感じの与太に釣られて、ウッカリでかけてきたのが日光。霧降高原(※2)の昼なお暗い山道という顛末です。主眼はあくまで「紅葉狩りと日本酒と温泉」でしたから、伝説の古本屋の方は行けたらラッキー程度の気分で。ナビ任せで走っていましたが、結局は林道をウロウロするばかりで埒があきません。そこでクルマを停めて、漸う地図を確認している時でした。聞えたのです。木の間からかすかな唄声……ローレライの歌(※3)が。

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ひと気のない林道に突如数台のクルマが。「霧降文庫」へのお客様が乗ってきたもの。最寄駅は「東武日光」駅となりますが、歩いてくるのは難しいでしょう。不可能とはいいませんが、お勧めできません

日光の山奥で、女声の悲歌? ありえないでしょう。でも、たしかに聞こえるのです。木の間をきれぎれに、漂うように、それでいて艶やかなこの唄声はプロの唄うそれのようで。別荘の住民がレコードでもかけているのか、とも思いましたが、やがて曲が終わると小さな拍手の音さえ聞こえてくる。これはいったい……すぐにまた、同じ歌い手による別の歌が始まったので、声をたどりたどり木の間を進んでいくと、道脇に数台のクルマが停まっています。見回すと、すぐ横の山の斜面を細い道が縫うように走っているのが見えました。草に覆い隠されているものの、斜面には木の階段が設えられ山頂方向へと伸びています。そして、どうやら歌声もそちらから流れてくるようです。こりゃもう、のぼるしかないでしょう。

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木の階段を数分登っていくとようやく目的地に到着。どう見ても、ふつうの民家なんですけど

草叢をかき分けかき分け階段を数十段。ふいに明るく視界が開けてぽっかり不思議な空間が広がりました。見ると、広いウッドデッキに椅子を並べて数人の人が座り、その客たちに向き合うようにして和装の歌姫とピアノ奏者が一人。皆が笑顔でこちらをみつめています。デッキ奥には童話にでも出てきそうな古びた山荘があり、濃密なカレーの香りが漂っています……。狐につままれたような気分で立ちすくんでいると、ふいに背後から声をかけられました。振りむくと髭をはやした男性がひと懐こい笑顔でみつめています。「いらっしゃい、霧降文庫へようこそ」

(下)へつづく

 

※0 このふるほん漫遊は2017年10月に実施されたものとなります。

1 古本仙人と呼ばれる古老」:特に名を秘す古本のえらい人。

2 「霧降山」:日光市街地北方、女峰山東山麓に広がる樹木鬱蒼たる高原地帯。

3 「ローレライの歌」:なじかは知らねど心侘びて 昔の伝えはそぞろ身に沁む 寂しく暮れゆくラインの流れ 入り日に山々あかく映ゆる

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クアラ・ルンプルの象徴「ペトロナス・ツインタワー」は88階建て452m。1号棟を日本の某ゼネコンが、2号棟を韓国企業が建設。工事の途中、2号棟の垂直性が怪しくなってきたのでとっさに連絡橋をこしらえてやや強引に垂直性を確保したとか。なので頂上の展望台に登った見学者は、まず最初に床へビー玉を置き、その垂直性を確認することがお約束なのだとか。嘘だと思います

2016年の11月の初旬、マレーシアのクアラ・ルンプルへ行きました。当初わたしはこの都市に特段の興味はなく、マレーシアの首都ということさえ知らず、それどころかその語感から「中東方面?」 などと、実にアタマの悪そうなことをボンヤリ考えていました。実際、取材依頼の連絡をいただいた時など、電話口で「おお、ついに中東へ進出ですか!」などと言ってのけ、お客様は電話の向こうで「こんなあっちょんぷりけに頼んでよいのか?」とはげしく困惑した模様でしたが、出発まで余裕がなかったため先方としてはなすすべなく、うやむやのうちに出発日を迎えた次第です。ただ、私の要望も入れて決まったこの取材日程(11月4〜9日)が、後々大きな後悔のタネになろうとは……神ならぬ身の知る由もなかったのでした。

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イスラムな雰囲気の「マレー鉄道事務局ビル」。イギリス統治時代の1917年に建てられた歴史的建造物です。マレー鉄道といえば、ミステリ者にとっては有栖川有栖先生の『マレー鉄道の謎』ですが、同作の舞台となるキャメロン・ハイランドはクアラ・ルンプルから北へ150kmの所にある高原リゾート。「マレーシアの軽井沢」だそうです

成田から直行便で約7時間半、4本目の映画を観きらぬうちに、クアラ・ルンプル国際空港に到着しました。吹き上げるような熱気、濃い緑と原色の花々、林立するぴかぴかの高層ビルに旧植民地時代の重厚な欧風建築が入り交じるなか、さまざまな人種・服装の人たちがわしわし歩いています。熱く雑駁でエネルギッシュな空気は東南アジア共通のものですが、中華圏とはどこか雰囲気が違います。ヒジャブを纏った女性をたくさん見かけますが、同様にサリー姿のインド系女性やTシャツ姿の中国系女性も少なくありません。大きなモスクが拡声器でコーランを流す隣りで、仏教寺院やヒンドゥー教のお寺が香を焚き経をあげている。イスラム教国ながら、この街では、宗教も民族もわりと大ざっぱに共存しているみたいなんですね。無宗教の外国人旅行者にとっては、このごった煮感がなかなか心地良いのです。

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チョーキット市場で肉を買うマレー人女性たち。イスラム教徒である彼女らが頭を覆っているのが「ヒジャブ」。思いのほかカラフルで、着こなしもさまざま。口元を隠したり出したり裾を後ろへ流したり丸めたり。むろん着用は義務なのでしょうが、それなりに楽しんでおられるような気配

そんなわけで、市内は文字どおり人種のるつぼ状態です。それでいて個々の差異を意識する風でもなく、ほどよい距離感を保ちながらクールに尊重しあっている感じ。台湾みたいなひと懐っこさはないけれど、前述の通り、ある意味とても気楽です。実際、街もけたたましいほど賑やかなわりに平穏で。毎晩遅くまでうろつき廻って裏町に潜り込んだりしてたわたしも、怖い思いをすることはありませんでした。そう考えると、物価はおしなべて安いしご飯はどれも美味しい(※1)し、観光で訪れるのも良い所なのかも知れません。

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チョーキット市場の魚屋。クアラ・ルンプルきってのウェットマーケット(床が濡れている市場=生鮮食品市場)で、鮮魚市場と精肉市場と青果市場が合体した巨大市場です。もちろん観光客も買い物でき、スパイスや調味料、乾物類を土産に購入する人も少なくありません

そんなクアラ・ルンプルの古書店事情ですが、台湾や中国、タイなどと比べると正直あまり芳しくありません。事前のリサーチでも古書店情報はほとんど発見できず、新刊書店についてもあまり情報がありません。特に日文書籍を扱う店は希少なようで、「ふるほん漫遊」に関しては、ですから当初からほぼ諦め気分でした。それでも長期出張中の日本人駐在員氏に助言いただき、クアラ・ルンプル市内で1店、マラッカ市内で1店、古本を扱う店を訪ねたのですが、いずれも日文書籍は皆無。アジアでは定番の海賊版マンガさえ見あたらず、完全に空振りでした……とまア、この時は確かにそう考えつつ、ゆるゆる帰国の途についたわけですが……。

ビジネスマン氏が教えてくれた、市中心部のショッピングモール内にあった古書店。店名不明。「Is there Japanese books?」と聞いても肩をすくめるばかりだった店主のおっさんは、おそらくマレー系。ごちゃごちゃ平積みされた本は、英語のエンタメ系ペーパーバックが中心でした

そういうわけで11月9日深夜成田着。ところが数日後、ある記事を見て驚きました。曰く、ブックオフコーポレーション子会社がクアラルンプールに大型リユースショップ「Jalan Jalan Japan」1号店を11月18日にオープン!と(※2)。は? 18日? わ・た・し・の・帰・国・9日・後・に・ブコフが!? しかも、調べていくとこの「Jalan Jalan Japan」がオープンしたショッピングモールは、わたしが宿泊していたホテルのごく近所、というか真向かいではないか……というわけで、イマイマしさも倍増です。ともあれ、そういうわけで。見事なまでに行き違いを食らわしてくれたこの街、きっと再訪せずばおかぬと、固く心に誓った次第です。

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マラッカ市内の骨董屋風土産物屋の店先に古書が少しだけ並べられていました。均一棚という感じですが、値付けはバラバラ。ここも英文ペーパーバックがほとんどで、値段は2〜5リンギット。当時は1リンギット=30円弱でしたから、おおむね1冊50〜150円というところでしょうか。本よりも、この本棚というか本箱というか、がスゴイ。土台部は石材、それ以外は木製で、たぶんもとは飾り棚かしらん。全体に大きく右に歪んでいるのがいい味出してます

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マレーシアの国民食「ナシレマ」。ココナツミルクで炊いたご飯に、オカズは、写真左下から時計回りで「イカンビリス」(唐揚げカタクチイワシ)に塩ピーナッツ、「サンバル」ソース(現地風の唐辛子ソース)、キュウリ(普通にキュウリだけどめっぽう瑞々しい)とカレー風味フライドチキン。これはレストラン製なので皿に盛ってありますが、道端の店ではバナナの葉によそうのが基本。オカズごとバナナ葉でくるんでテクアウトし弁当にもなります

※1 クアラ・ルンプルの美味いごはん。前述の通り、多民族国家のマレーシアだけに、中華料理もインド料理もその他のアジア各国料理もあって、どれもそれぞれに美味いですが、わたしが「これは!」と刮目したのは、「ナシレマ(Nasi lemak)」という素朴なマレーシア料理。インディカ米をココナツンミルクで炊き、オカズを添えた朝定食的な国民食です。まあ写真で見る限りは貧乏臭い定食にしか見えませんが、どえらく美味いんだ、これが。ココナツミルクライスにさまざまなオカズを少しずつ混ぜながらいただいていくわけですが、ひと口頬張ると、ピーナッツのカリカリ、小魚揚げのしょっぱいさくさく、キュウリの瑞々しいざくざく、サンバルの辛味旨味のねっとり、チキンのカレー風味もじんわり……という具合で変化に富んだ味と香りと歯触り、舌触りが口中で次々サクレツし、それが実に楽しく面白い。ひと口ひと口が驚きにあふれ、「とてもよい」と、思わず池波正太郎になってしまいます。それから「肉骨茶(バクテー)」ももちろん美味かったですね。思ったほど漢方薬くさくないし──というか、たしかに独特のつんとくる匂いはありますが、悪くない香りで。深く濃厚なスープが「たまらぬ」と、これまた池波正太郎(笑)

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ディーン・フジオカ氏も好物という肉骨茶(パクテー)。薬膳というからもっと漢方薬臭いのかと思いましたが、ぜんぜんそんなことはありません

 

※2  当該記事はこちら。「Jalan Jalan Japan」の公式facebookページはこちら。お読みいただけばお分かりの通り、この「Jalan Jalan Japan(ジャラン・ジャラン・ジャパン=「ぶらぶら日本」くらいの意)」は古本だけでなく、衣料、家具、生活雑貨、楽器、おもちゃetc.を扱う大型店で、要は「BOOKOFF SUPER BAZAAR」的なリユース店ですね。裏返せば古本の扱いはそんなに多くないのでしょう。商品は現地仕入れではなく、みんな日本から輸入しているそうで。ならば本も日文書籍が中心になりそうです。ともあれこの「Jalan Jalan Japan」、すでにマレーシア国内で3店舗まで増えているとのことで、日本国内ではやや元気がないBOOK OFFですが、海外で頑張ってるんですね。