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月別アーカイブ: 8月 2012

画像東京の大学に通うようになって神保町を知り、毎週のように古書街へ出かけ、足代の最期の150円まで遣ってしまってはあわあわしていた頃のことです。まぁ通ったといってもそもそもお金がないので大した本は買えず、百均棚の文庫本が中心で、捨て値で売られる破本傷本の類いもちょいちょい買っていました。困るのはこの傷ものたちの後始末。中には気に入って手元に置きたいと思う本も出てきますが、さすがにそんなズダボロ状態のまま本棚に並べる気にはなれません。といって、どんなにぼろでも捨ててしまうのは抵抗がある。そこで考えました。壊れた本なら直せばいいじゃない! というわけで、壊れた表紙を取り外し厚紙と布と糊で表紙を自作し装丁しなおすということを、当時よくやっていました(※1)。こういう手仕事が楽しくて仕方がないんですよ、不器用なくせに。で――この作者さんも、きっとそうだったんだろうなあ、と思いながら読んだのがこの本。林田道子さんの『ダンケ・シェーンの旅日記』3部作(※2)です。

画像ドイツ旅行を中心にした紀行エッセイなんですが、著者の林田さんはプロのライターではありません。普段ワープロ打ちの仕事をしておられるご婦人で。1991年、2004年、そして2008年の3度にわたり各1カ月余りドイツへ一人旅されました。この時の見聞を3冊の旅行記にまとめたのが、この『ダンケ・シェーンの旅日記』三部作。そして、お察しの通りこの本が完全な手作りなのです。製作時期がズレている(2000年、04年、08年)ため微妙に体裁が異なりますが(※3)、基本的にはA5判100ページちょっとのソフトカバー。たぶんテキストと写真をレイアウトした本文をプリントアウトして貼り合わせ、さらに厚紙で表紙を作って取り付けたのでしょう。表紙部分にはPPコートも施されています。こう説明しただけでは手作り感全開の素人臭い本みたいに思われるかも知れませんが、実は手に取ってパラパラやっても、一瞬そうと気付かぬくらい完成度の高い手作り本なのです。

画像専門家の手仕事装丁などではむろんなく、あくまで自己流の造本ですが、とにかくすみずみまで神経が行きわたった丁寧な仕事で、素人仕事的なアラが見あたりません。また本文フォントの選び方や字間の取り方などはプロ裸足で、本文の誤字脱字もごく少なく、数少ない誤植箇所は、昔の写植版下よろしく修正部分を打ち出した小さな紙切れを貼り付けてありました。もちろん著者が全てひとりで作ったとは限りませんが、お仕事のワープロ打ちの経験が生かされている感じです。当方はこれを地元の図書館で見つけましたが、ふつうに旅行記のコーナーに置いてありました。作者が図書館に頼んで置いているのでしょうか。とにかく他の本同様に図書館のコードも付けられ、ぱっとみ私家版とは分かりません。もっともこんな手間をかけた作りではそう数をこなせないはずで、実際近隣の図書館データベースをあたってみても、当方が借りたもの以外には見当たらず、どうやらこれが唯一の完成品のようです。

当方が驚いたことはもうひとつあります。実はこの林田さん、1935年生れでらっしゃる。最初のドイツ行が56歳で、本にしたのは65歳。2、3回目はそれぞれ69歳、73歳!英語やドイツ語に堪能でもないのに、ツアーを使わず『地球の歩き方』片手にユーレイルパスで町を巡り、安ホテルを自ら予約してひとりで泊り歩いておられます。もちろん道中の落し物忘れ物はしょっちゅうだし、ひっきりなしに道を間違え電車に乗り間違え、そのたび周囲の人たちに助けられている。読んでいてハラハラすることおびただしいのですが、とにかくなんちゅう元気なご婦人なのか!と感嘆久しくしました。正直いってテキストは素人の域を出ませんが、カラー写真は豊富だし、珍しいドイツの田舎町がたくさん出てくるしで意外につるつる読めてしまい、何よりこういう手仕事のカタマリみたいな本に触れるのが楽しくてならず、やはり紙の本はよいなあ、と痛感した次第です。

……それにしても、作者さんはその後どうしておられるのでしょうか。今年で77歳になられますが、どうか元気でいていただきたいものです。そして機会があればインタビューなどしてみたいなあ、などと考えています。

※1 横溝正史の『夜の黒豹』を黒いビロードの布で表紙をこさえたりしたなあ。あと革装にしたかったけど革が手に入らなくて、結局革っぽいビニル装にした小泉喜美子の『ダイナマイト円舞曲』とか。

※2 『ダンケ・シェーンの旅日記 ~ふつうのおばさんドイツを歩く~』(2000年8月作成)/『ダンケ・シェーンの旅日記・II ~ドイツ 夢の国へ再び~』(2004年10月作成)/『ダンケ・シェーンの旅日記 III ~ユーレイルパスをお供に~』(2008年10月作成)

※3 たとえば最初の1冊では写真は(おそらく)紙焼きの写真をカラーコピーしたものを切って糊で貼り付けています。しかし、2冊目からは写真もレイアウトした状態で出力し、製本しているという進歩ぶりです。すごいのは手張りしていた1冊目からちゃんと写真の入る位置を本文中に食い込ませ、キャプションまで打ち込んでること。また、2冊目でもパソコンでなくワープロ専用機を使っておられると推定できること。その手間のかけっぷりたるや、想像を絶します。

史上最悪の名探偵『ドーヴァー』警部シリーズの作者として知られるジョイス・ポーターの非ミステリ?作品が、ハーレクインロマンスの一冊として出ている。――数日前、古書研究家としても知られる作家の北原尚彦さんが呟いておられました。その後、真偽が確認できないということで呟きは削除されたようですが、これって古くからのミステリ読みにとってはポピュラーな(というのも変な言い方ですが)謎だったのではないかと思います。というのは、実は当方も数年前に同じ疑問を追跡したことがありまして。まあ北原さん同様、そのときは当方も最終的な結論は出せませんでしたが、探索行はそれなりに面白かったし勉強にもなりました。せっかくですから思いだしながらちょっと書いてみます。

おさらいしておくと、ジョイス・ポーターは1924年生れの英国作家。1990年に亡くなっていますが、現代の本格作家の1人と言えるでしょう。代表作は史上最低の名探偵・ドーヴァー主任警部を主人公とする全10作の『ドーヴァー』シリーズで、いずれも強烈なブラックユーモアが効いたクセの強い本格ミステリです。当方はこのドーヴァーシリーズが大好きで、シリーズ全部読み倒したのはもちろん、別シリーズの『ホン・コンおばさん』ものや『なまけスパイ』もの、あるいは雑誌へ掲載されたきりの短編も追っかけました。その過程でミステリデータベースサイト「Aga-search」(※1)で調べたジョイス・ポーターの項に「その他の邦訳作品」として上げられていたのが、問題の『裏切られた夜』だったのです。

ジョイス・ポーター作のハーレクィン小説『裏切られた夜』。見たことも聞いたこともないそのタイトルに当方は大いに興奮し、スキップしながら探索リストに加えました。ブックオフ等のハーレクィンのコーナーに足を踏み入れる方は少数派かもしれませんが、実は当方、以前某作(※2)を追ってこの魔境に踏み込んだ経験があり、彼の地での探索の困難さは承知していました。ご承知のとおり、ハーレクィンのシリーズごとに統一された装丁は背表紙のタイトル・著者名が妙に小さく、それがうんざりするほど大量に並べられた棚は実に探書し難いのです。まあ、喫緊の課題ではないので、実際は気が向いたときだけ眺める感じで。結局見つけたのは数年後。仙台駅前のブックオフだったと思います。

問題の『裏切られた夜』はハーレクイン・サスペンス・ロマンスの1冊で、1990年の初版。原題は『Kaleidoscope』で1989年のコピーライトが付いています。1990年没のポーターにとって、もしや遺作(※3)ということになるのでしょうか。しかも同書の著者紹介を見ると、ポーターの娘デボラ・ブライアンもハーレクィン作家で、デボラ・ジョイス名義の共作まであると書いてある。ぬうーん。どれも初めて聞く情報です。そこで国書刊行会の『世界ミステリ作家事典 本格派篇』や新潮の『海外ミステリー事典』のポーターの項を確かめると、『裏切られた夜』や娘に関する記述はまったくありません。ようやくそれを見つけたのは海外ミステリ総合データベース「ミスダス」(※4)。しかし、そこにはなんと「両者は別人」と明記されていたのです。

調べるほどに怪しさが増していく同一人説ではありますが、これを援護する証拠がまったくないわけでもないのです。たとえば『裏切られた夜』裏表紙の内容紹介によると、本作はソ連のスパイやCIA局員が登場し、ヒロインは誘拐されたり撃たれたりするかなりエスピオナージュ色の強い内容らしい。ドーヴァー作者のポーター女史は、かつて英国空軍に勤務してスパイ養成にあたっていたという異色のキャリアの持ち主で、しかも「私は読者を数時間ほど別世界に連れていくような小説、ついでに可能な限り金儲けさせてくれるようなものが書きたかった」なんて書く方なのです。この際、知りつくしたスパイネタのハーレクィンで一発当てたれ!なんて、いかにも考えそうと思えなくもなくもない。

さあらばあれともあれ。探索はこの辺りで行き詰まり、ほったらかしたまま幾星霜。その後、新証拠などが発見された様子もなく、最近はもう『裏切られた夜』を実際に読んでみるしかないかという気がしています。なんとなく“ポーターなら読めば分かる”気がするんですよね。しかし、仮にその結果同一人物だと確信が持てたとしても、それはそれで悩ましい問題がある。実は( 『裏切られた夜』作者の)ポーターの、娘との共作名義の“デボラ・ジョイス作のハーレクィン邦訳”が5作もある(※5)のです(娘の単独作品は発見できず)。――ということは。仮に両ポーターが同一人物と確信できたら、当方はこの5冊のハーレクィンも集めて読まねばならない……。ぬうーん、ぬうーん。

※1 http://www.aga-search.com

※2 フィリス・A・ホイットニー『レインソング』(サンリオ 1989)

※3 一般には1991年に発表されたホン・コンおばさんもののクリスマスストーリィ短編『それでも年に一度なら』(HMM95年12月号掲載)が遺作とされています。

※4 http://www.ne.jp/asahi/mystery/data/index.htm

※5 http://homepage1.nifty.com/ta/sfj/joyce_d.htm

 

※後述 読まずにわあわあ言っても仕方がないので、読みました。意外に楽しかったです。お話は、米ソの熾烈なスパイ戦に巻き込まれ、見知らぬ同士の男女が命懸けの冒険行を共にするうち、うっかり禁断の恋にーーという。思ったとおり通俗の極みな的お話でしたが、どうしてなかなか読ませます。
特につねに怯えまくりつつ、ここぞという所で必ず危険な方へと舵を切るヒロインと、周りじゅうの女性に漏れなくもてまくる歩くセックスアピールみたいなヒーロー。反撥しつつ魅かれ合う冒険行の後半は、双方ともエロ妄想で頭いっぱいなのに、なあっかなかコトに及ばない、という妙なサスペンスで物語をぐいぐい引っ張ります。うーん、プロの仕事だなあ。で、肝心のポーター作の真偽ですが……確信はないけど、たぶん違うんじゃないかなあと。

一般に古書展・古書市といえば、古書会館やデパートのイベントスペースなどの広い会場に古本がどっさり詰め込まれ、古本極道の皆さんが一触即発の雰囲気でひしめき合う“戦場”ですが、最近はそういう雰囲気のない古書市も開かれるようになりました。今日訪ねた「あいおい古本まつり」もそのひとつ。月島駅から徒歩数分の「相生の里」という晴海運河に面した高齢者介護福祉施設が会場で、古本市としてはごく小規模。並べられた本も多いとは言えません。慣れた古本者なら20〜30分で全体を把握できるんじゃないかな。そのかわり、洒落た雑貨を並べたりトークショーを併催したりしています。だから古本的な意味での“掘り出し物感”はなく、古本極道方面の来場も少ない。ぜんぜん血走ってません(笑)。おかげでゆったり落着いた雰囲気で本が選べる次第です。ブックハンティングという点で物足りないのですが、雰囲気を味わうには良い催しです。

今日の「あいおい古本まつり」はしかしミステリ、SF系の本がほぼまったくなく、まるきり買うものがありません。このまま坊主かなあと思いましたが、外の会場(晴海運河っぺりのデッキ)に並べられた本箱に「カスタマイズ文庫」というのを見つけ、そこにクロフツの『クロイドン発12時30分』を発見。速攻で買いました。カスタマイズ文庫とは、古い文庫本をバラして手作りでハードカバー化したものだそうで、200円均一。文庫のジャンルはてんでんばらばらですが、国内外の中途半端に古いミステリも混じっています。仕立てはとても丁寧で、背と平の境目にはミゾを掘り花ぎれ等もきちんと付けられて、200円なら安いでしょう。それになにしろ手作りですから、世界で1冊きりのクロフツ本。つまり久しぶりのCROFTS WERKですね(笑)。そんなわけで。大いに満足しつつ、隣で売ってるレバカツをかじりながら帰社した次第です。

「あいおい古本まつり」は明日もやっていますよ。
http://aioibooklabo.com/index.html

1997年開設の「JUNKLAND」以来、Junkland LT、Junkland LT2と続いて、今回で4代目の個人webページとなります。内容はこれまでのものと変わらず、本格ミステリを中心とする読書感想、映画感想、古書店探訪記(諸國ふるほん漫遊記)、そして千葉ロッテマリーンズの観戦記などが主要テーマとなるでしょう。まあ、実際にはカレーの写真ばっかりアップされる、という事態もじゅうぶん考えられますが。

前述の通り、Junkland LT3は、当方にとって4代目のWebページです。初代のJUNKLANDは、仕事が忙しくなったというのもありますが、まあ更新に飽きて、疲れて、放り出しました。しかし、続くLTシリーズの2つは、いずれもページを置いてあった会社さんの都合で当方の意思とは関係なく閉鎖されました。そこで今回は“そう簡単にはユーザを放り出しそうにない”っぽい処を選んでみました。おかげで当方は説明がどこもかしこも英語だらけであわあわしています。

というわけで、Junkland LT3の試運転を開始します。たいしたことは書きませんし、どこまで続くか分かりませんが、よろしければ気軽にお付き合いください。

※写真は、先日出張でお邪魔した名古屋のカフェ「春光乍洩」さんのカウンターです。